役員報酬の決め方で、社会保険料が会社にも効くと書きました。税金を払う場所が変わるだけ、とも。
書きながら、明細の話をしていないことに気づきました。役員報酬から、実際に何が引かれて、何が引かれないのか。
⚠️ 調べたら、従業員の明細と1行違いました。雇用保険がありません。そしてそれは「保険料が安い」という話ではなく、「辞めても失業手当がない」という話でした。
明細から引かれるものを並べます
従業員の給与から引かれるものは、普通こうです。
| 従業員 | 役員(代表取締役) | |
|---|---|---|
| 健康保険料 | 引かれる | 引かれる |
| 厚生年金保険料 | 引かれる | 引かれる |
| 雇用保険料 | 引かれる | ⚠️ 引かれない(入れない) |
| 所得税(源泉) | 引かれる | 引かれる |
| 住民税 | 引かれる | 引かれる |
違いは雇用保険の1行だけです。ただし、この1行の意味は大きい。
代表取締役は、雇用保険に入れません
厚生労働省(愛媛労働局)の整理では、株式会社の役員はこうなっています。
原則として被保険者とならない者
代表取締役
監査役
代表取締役は、雇用保険に入れません。 保険料が引かれないのは、払っていないからです。
では、平の取締役は入れるのか。 条件つきで入れることがあります。
上記以外の取締役であって同時に会社の部長、支店長、工場長等のように従業員的な実態にある方。ただし、報酬支払い等の面からみて、労働者的性格が強く雇用関係ありと認められるものに限る。
判断基準も書かれています。
その方に支払われる役員報酬と賃金とを比較して賃金として支払われる額の方が多額であること
就業規則等が一般の労働者と同様に適用されていること
⚠️ 「役員報酬より賃金のほうが多い」「就業規則が同じように適用されている」——兼務役員と呼ばれる形です。⚠️ 代表権を持っていれば、この形にはなれません。 社長は入れない、と考えてまず間違いありません。
入れないということは、もらえないということです
雇用保険料が引かれないのを「得」だと思うと、話が逆になります。
雇用保険から出るものは、全部もらえません。
- 失業したときの基本手当(失業手当)
- 育児休業給付、介護休業給付
- 教育訓練給付
⚠️ 会社を畳んでも、辞めても、失業手当は出ません。 従業員なら次の仕事が決まるまでの生活費が一定期間出ますが、社長にはそれがありません。
これは「雇用保険料の分だけ手取りが多い」と相殺できる話ではないと思いました。保険料は月に数千円でも、失業手当は数か月分の生活費です。釣り合っていません。
労災も、自動では入っていません
雇用保険と同じで、労災も役員は原則対象外です。
ただしこちらは前に書いたとおり、労働保険事務組合に委託すれば特別加入できます。 うちはそうしています。⚠️ 給付基礎日額を自分で選ぶ必要がある、というのは別の記事に書きました。
つまり、社長の身分保障はこうなっています。
| 従業員 | 社長 | |
|---|---|---|
| 仕事中のケガ | 労災(自動) | 特別加入すれば労災 |
| 失業 | 雇用保険 | ⚠️ なし |
| 病気で休む | 傷病手当金(健康保険) | 傷病手当金(健康保険)※役員報酬が出ていれば調整 |
| 老後 | 厚生年金 | 厚生年金 |
⚠️ 「失業」の行だけ、何もありません。 健康保険と厚生年金は同じですが、仕事がなくなったときの備えは、雇用保険から出ない。そこは自分で持っている必要があります。
賞与も、自由には出せません
もうひとつ、従業員と違う点があります。
決算賞与の記事で書いたとおり、役員の賞与は「事前確定届出給与」——あらかじめ税務署に届け出た日に、届け出た金額を払う必要があります。決算の数字を見てから出す、はできません。
従業員なら「儲かったからボーナス」ができますが、役員は年の初めに決めておく形です。⚠️ 役員報酬も年に1回しか変えられない(前の記事)ので、社長の年収は、年の初めにほぼ固定されます。
手取りを増やしたいなら、翌期の役員報酬を変えるしかない。 途中で調整する道がありません。
つまり、社長の家計はこうなっています
整理すると、こうです。
- 手取りの計算は従業員とほぼ同じ(雇用保険料がない分だけわずかに多い)
- ⚠️ ただし失業手当がない——仕事がなくなったときの生活費は自前
- ⚠️ 労災は特別加入しないと出ない
- ⚠️ 年収は年初に固定——途中でボーナスを出して調整、ができない
従業員なら会社と国が持っている「もしも」の部分を、社長は自分で持っているということでした。会社が儲かっても自分の資産は増えないと書きましたが、それに加えて「仕事がなくなったときの備え」も会社からは出ません。
⚠️ だから経営者の家計は、従業員の家計より予備費が要ります。 どのくらい要るかは、役員報酬の額、家族構成、会社の借入の個人保証で変わります。ここは会社の数字と家の数字を並べて見ないと出てきません。
私が確認すること
⚠️ うちの役員報酬の額や家計の中身は書きません。 ここは線を引きます。
確認する順番は決まりました。
- 自分が雇用保険に入っていないことを、明細で確認する(当たり前ですが、見た記憶がありませんでした)
- 仕事がなくなったとき、何か月分の生活費が要るか
- その額が、個人の側にあるか——会社の口座ではなく、個人の口座に
- 足りないなら、翌期の役員報酬か、個人の積立のどちらで埋めるか
⚠️ 3番が本質です。 会社にお金があっても、それは会社のものです。社長が困ったときに会社から出すには、役員報酬か貸付の形が要り、どちらも自由には動かせません。
まとめ
- 役員報酬の明細は、従業員と「雇用保険」の1行だけ違う
- 🚩 代表取締役は雇用保険に入れない(監査役も)。平の取締役は兼務役員の要件を満たせば入れることがある
- ⚠️ 入れない=失業手当・育児休業給付・教育訓練給付がない
- 労災も原則対象外。特別加入で入る
- ⚠️ 役員賞与は事前確定届出給与。決算を見てから出せない
- ⚠️ 社長の年収は年初に固定される
- 従業員なら会社と国が持つ「もしも」を、社長は自分で持つ。だから予備費が要る
あわせて読みたい
- 役員報酬を「去年と同じ」で決めている。それでいいのか調べた
- 労災に入れているのは、労働保険を商工会議所に委託しているからだった
- 会社が儲かっても、自分の資産は増えない。だからNISAをやっている
- 小規模企業共済とiDeCo、どちらが先か|会社役員は枠が3分の1でした
- ふるさと納税の上限は、社長なら1月に分かります|会社の「企業版」は別物でした
この記事について
本記事は執筆時点(2026年9月)に厚生労働省(愛媛労働局)が公表している資料にもとづいて書いています。筆者は社会保険労務士でも税理士でもありません。
⚠️ 雇用保険の被保険者になるかどうかは、役員の種類、代表権・業務執行権の有無、就業の実態、報酬と賃金の比較によって個別に判断されます。 兼務役員として加入する場合は「兼務役員雇用実態証明書」の提出が必要です。傷病手当金の支給と役員報酬の関係、事前確定届出給与の要件についても、個別の確認が必要です。
自社の役員の取扱いについては、必ず管轄のハローワーク・年金事務所、または社会保険労務士・顧問税理士にご確認ください。 本記事は一般的な情報提供であり、個別の判断を示すものではありません。