うちに、従業員の退職金制度はありません。
中退共にも入っていません。自社で積み立ててもいません。保険も使っていません。何もないというのが正確なところです。
理由はいくつかあるのですが、そのうちのひとつがこれでした。
「積み立てても、経営が傾けばそこに手を付けることになる」
社内に置いたお金は、いざというとき必ず使います。 資金繰りが厳しくなって、目の前に「退職金のための預金」があったら、私は使うと思います。使わずにいられる自信がありません。
だったら最初から積み立てないほうが誠実ではないか。そう考えていました。
中退共を調べてみたら、この心配は、この制度では起きないと分かりました。 同時に、始める前に知っておくべきこともいくつも出てきました。
退職金制度がない会社は、4社に1社あります
まず、うちだけの話ではないことを確認しておきます。
厚生労働省の令和5年就労条件総合調査によると、**退職給付(一時金・年金)制度がある企業割合は74.9%**です。
つまり約4社に1社には、退職金制度がありません。 ただしこの数字には後述の重要な注意点があります。
| 企業規模 | 退職給付制度がある割合 |
|---|---|
| 1,000人以上 | 90.1% |
| 300〜999人 | 88.8% |
| 100〜299人 | 84.7% |
| 30〜99人 | 70.1% |
小さい会社ほど、制度がありません。
⚠️ この調査に、29人以下の会社は入っていません
表を見て気づいたと思いますが、一番小さい区分が「30〜99人」で止まっています。 理由は、調査の対象がそうなっているからです。
常用労働者30人以上を雇用する民営企業(医療法人、社会福祉法人、各種協同組合等の会社組織以外の法人を含む)のうちから、産業、企業規模別に層化して無作為に抽出した約6,400社
29人以下の会社は、そもそも調べられていません。
そして上の表のとおり、規模が小さいほど制度がある割合は下がります(1,000人以上90.1% → 30〜99人70.1%)。この傾向がそのまま続くなら、29人以下では「制度がない会社」はもっと多いはずです。
実際、**従業員10〜299人を対象にした東京都の令和6年「中小企業の賃金・退職金事情」では64.2%**とされています(厚生労働省の資料に各調査が並べて掲載されています)。30人未満を含めると、10ポイント以上下がります。
小さい会社では、3社に1社以上に退職金制度がないということになります。
⚠️ なお、9人以下の会社を含む統計は見つけられませんでした。 一番小さいところの実態は、公的な数字としては見当たらないというのが正直なところです。うちのような規模の話は、統計の外側にあります。
中退共は、会社が手を付けられない制度です
調べて、まずここで手が止まりました。
中退共は、会社の外にお金を出す制度です。
法律で定められた外部積立型の制度です。現金は安全に運用管理され、退職金は確実に従業員に支払われます。
そして退職金の支払われ方も、会社を通しません。
退職金は、中退共から直接、退職する従業員の預金口座に振り込まれます。
(いずれも中退共・制度概要)
つまり、会社は手を付けられません。
私が心配していた「苦しくなったら使ってしまう」は、構造的に起こりません。 払った時点で、そのお金は会社の外にあります。
「やめられない」という中退共の欠点は、私にとっては答えそのものでした。 手を付けられないから困る、ではなく、手を付けられないから積み立てられる。逆でした。
⚠️ ただし、「やめられなさ」は本物です
都合のいい面だけ書くのはフェアではないので、ここは丁寧に書きます。始める前に知っておくべきことです。
| やろうとすること | できるか |
|---|---|
| 経営不振を理由に掛金の納付を止める | できません |
| 掛金を減額する | 従業員の同意、または現在の掛金月額を続けることが著しく困難だと厚生労働大臣が認めた場合のみ |
| 契約を解除(解約)する | 従業員の同意が必要 |
| 解約したあとに再開する | できません(再度加入して一から積み直し) |
中退共のQ&Aには、経営不振を理由とした納付停止について**「掛金月額の変更にてご対応」**と書かれています(中退共Q&A)。止めるのではなく、減らして続けるという前提です。
そしてその減額にも、従業員の同意か厚生労働大臣の認定が要ります。
解約したとしても、お金は会社に戻りません。 解約手当金は従業員本人に支払われ、従業員側では一時所得になります。
会社が受け取る場面が、どこにもありません。
掛金は「戻らない前提」のお金です
ここも、始める前に知っておくべきところです。
加入して1年未満で辞めた場合、退職金は支給されません。 では払った掛金が会社に返るかというと、返りません。
退職金が支給されない場合の掛金や、退職金が掛金総額を下回る場合の差分は中退共制度全体の長期加入されている方の退職金の支払い財源に組み込まれ、事業主の方には返金されません。
(中退共Q&A)
掛金納付月数と退職金額の関係は、こうなっています。
| 掛金納付月数 | 退職金 |
|---|---|
| 11か月以下 | 支給されない(掛金も戻らない) |
| 12〜23か月 | 掛金納付総額を下回る |
| 24〜42か月 | 掛金相当額 |
| 43か月以上 | 運用利息等が加算される |
懲戒解雇の場合も同じです。
懲戒解雇なら減らせるのかと思って調べました。厚生労働大臣の認定を受ければ減額できます(退職日の翌日から20日以内に申請)。ただし全額を減額することはできません。そして減額した分について、中退共はこう書いています。
その減額分は共済制度における長期加入者の退職金支払財源に繰り入れられ、事業主にはお返しできません。
(中退共Q&A)
払ったお金が会社に戻る道は、本当にありません。
これは会社の積立ではないということです。 払った時点で、従業員のものになる。会社の資産ではありません。
「潰れたら払えない」は、起きません
もうひとつ、私が引っかかっていたことがあります。
「いつ潰れるか分からないのに、20年後の約束はできない」
これについては、調べていて気づいたことがありました。
私はこれを「潰れたら退職金が払えなくなる」という不安だと思っていました。でも、それは中退共では起きません。
外部積立なので、会社が無くなっても、それまでに積んだ分は従業員に支払われます。 会社の資産ではないからです。
むしろ、退職金のあてが社内の預金しかない状態のほうが、潰れたときに何も残りません。
つまり私の不安の中身は、**「潰れたら払えない」ではなく「払い続けられるか」**でした。別の問題だったわけです。
そして「払い続けられるか」は、額の話です。
だとすると、問われているのは額でした
中退共の掛金月額は、5,000円から30,000円までの16種類です(短時間労働者は2,000円・3,000円・4,000円の特例あり)。掛金は全額事業主負担で、一部でも従業員に負担させることはできません(中退共・掛金)。
そして構造上、大事なのはここです。
| 増額 | しやすい(国の助成もある) |
| 減額 | 従業員の同意か厚生労働大臣の認定が必要 |
増やすのは自由で、減らすのが難しい。 ということは、小さく始めるのが構造上の正解ということになります。
国の助成もあります。新規に加入する事業主には、掛金月額の2分の1(従業員ごと上限5,000円)を、加入後4か月目から1年間国が助成します。増額したときも、増額分の3分の1を1年間助成します(中退共・制度の特色)。
掛金は法人なら全額損金、個人事業なら全額必要経費です。
「入るか、入らないか」ではありませんでした。 問いは**「潰れない範囲で、いくらなら払い続けられるか」**です。月5,000円で始めて、余裕が出たら増やす。それが制度の設計に合っています。
補足:役員は加入できません
念のため書いておきます。中退共は従業員のための制度で、役員は原則として加入できません(使用人兼務役員は除く)。経営者自身の退職金は別の話です。
そして関連して、小規模企業共済の加入資格には**「中退共等の被共済者」は加入できない**という条件があります。従業員側の話ですが、家族従業員などを両方に入れようとすると引っかかります。
それでも、まだ入っていません
正直に書きます。この記事を書いても、私はまだ加入していません。
ただ、入らない理由の中身は変わりました。
- 「積み立てても手を付ける」は、中退共では起きない。 私の理由になりませんでした
- 「潰れるかもしれない」は残る。 ただしそれは「払えなくなる」不安ではなく、「毎月払い続けられるか」という額の問題でした
判断していたつもりで、判断していませんでした。 会計ソフトのときも社会保険協会のときも、同じことをしています。
そして実は、**もうひとつ大きな理由が残っています。「辞める人に払うより、儲かった年にボーナスを出したい」**という話です。長くなるので、別の記事に分けました。
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この記事について
本記事は執筆時点(2026年8月)の制度内容と、筆者自身が調べた記録にもとづいて書いています。筆者の会社に従業員の退職金制度はなく、中退共にも加入していません。
掛金月額・助成の内容・加入資格・税法上の取り扱いは改正されることがあります。退職金制度を新たに設ける場合は、就業規則や退職金規程の整備が必要になることがあり、税務上の取り扱いも会社の状況によって異なります。 加入や制度設計を検討する際は、中退共の最新情報を確認のうえ、社会保険労務士・税理士等の専門家にご相談ください。