うちに、従業員の退職金制度はありません。
中退共の仕組みは別の記事で調べましたが、実はもっと手前に、私の本音がありました。
「辞める人に払うより、儲かったときにボーナスを出すほうがいい」
「そもそも退職金を積み立てるって、今受け取れる報酬を減らして、未来に先送りしてるだけじゃないのか」
この2つを、数字と制度で確かめてみました。結論から言うと、半分は当たっていて、半分は違いました。 そして最後に、自分が何を考えていたのかが、ようやく言葉になりました。
そもそも、退職金は「報酬の先送り」です
まず、先送りという理解が正しいかどうかです。
正しいと思います。
会社が人に払えるお金の総額は決まっています。退職金の原資は、本来なら給与や賞与として払えたお金です。退職金制度をつくるということは、今の待遇を我慢してもらって、将来に回すということです。労働経済の世界でも、退職金は賃金の後払いと説明されます。
だから「先送り」という理解は、間違っていません。
ただし、先送りすることで増えるものがあります
とはいえ、移すだけで何も変わらないわけでもありませんでした。先送りすると、途中で増える要素が3つあります。
① 税と社会保険料が軽くなります。 これは次の章で詳しく書きます。同じ会社負担額でも、賞与で渡すより退職金で渡すほうが、本人の手取りは多くなります。
② 国からお金が入ります。 中退共なら、新規加入で掛金月額の2分の1(従業員ごと上限5,000円)を、加入後4か月目から1年間国が助成します。増額分の3分の1も1年間助成されます(中退共)。社内で積むだけなら、これはありません。
③ 会社が潰れても残ります。 中退共は外部積立なので、会社が無くなっても積んだ分は従業員に支払われます。賃上げで渡したお金は本人のものになりますが、「将来のために社内に残しておいたお金」は、潰れれば消えます。
そして、減るものもあります
公平に、逆側も書きます。
① 使い道と時期を、本人が選べません。 給与でもらえば、いつ何に使うかは自由です。退職金は辞めるときまで、使い道も時期も決められません。
② 増え方は速くありません。 中退共の基本退職金は**予定運用利回り1.0%**で計算されます(これに付加退職金が加わります)。物価の上がり方によっては、実質的な価値は目減りします。
③ ⚠️ 全員が受け取れるわけではありません。
11か月以下で辞めた人は、退職金を受け取れません。12〜23か月なら掛金総額を下回ります。 そして受け取れなかった分は、制度全体の長期加入者の財源に回ります。
つまり先送りされたまま、受け取らずに辞める人がいるということです。
「先送り」というより「配り直し」、というのが正確なところでした。短く辞める人の取り分が、長く勤める人に回る仕組みです。
税と社会保険料は、はっきり差がつきます
では「同じ金額を渡す」なら、退職金とボーナスでどう違うのか。ここははっきり差が出ます。
賞与には、健康保険料と厚生年金保険料がかかります。 支給額から1,000円未満を切り捨てた「標準賞与額」に保険料率をかけたもので、会社と本人が折半します(日本年金機構)。会社側にも負担が発生します。
そのうえ、従業員側では給与所得として所得税・住民税がかかります。
一方、退職金は退職所得です。計算式はこうなっています(国税庁)。
(収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得の金額
そして退職所得控除額は、勤続年数で決まります。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(80万円に満たない場合は80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
20年勤めた人なら、控除額は800万円です。
中退共の掛金は月5,000円から。仮に月5,000円を20年積んでも120万円です。退職所得控除の枠に、まったく届きません。
つまり、その範囲なら受け取るときの税金はゼロです。 社会保険料もかかりません。
同じ金額を出すなら、ボーナスより退職金のほうが、会社の負担も本人の手取りも有利ということになります。
ここは、私の考えとは逆の結論でした。
⚠️ それでも、ボーナスには別の価値があります
数字だけで決まる話ではないので、反対側も書きます。
① 人によって、毎回変えられます。 ここが一番大きいと思います。その年に働いた人に多く、そうでない人に少なく。 それを毎回、ゼロから決められます。
⚠️ ただし就業規則や賃金規程で支給の基準を約束している場合は、それに縛られます。 自由に決められるのは、そう定めていない場合の話です。
② 今、渡せます。 退職金は20年後です。若い従業員にとって、20年後の120万円より今の10万円のほうが価値があるかもしれません。
③ 出さない自由があります。 ボーナスは業績が悪ければ見送れます。中退共は「今年は出さない」ができません。
④ 効くタイミングが違います。 退職金は辞めるときに出るので、在職中の働きに報いるものにはなりにくい。ボーナスは、良かった年にその場で返せます。
中退共は「長く居たこと」に払う制度です
ここが、調べていていちばんはっきりしたところです。
中退共は、原則として従業員全員を加入させる制度です。加入の条件には、こう書かれています。
従業員は原則として全員加入させてください。
「この人だけ入れない」は、原則としてできません。 加入させなくてよいのは、期間を定めて雇用される従業員・季節的業務・試用期間中・短時間労働者・休職期間中およびこれに準ずる者・定年などで相当の期間内に雇用関係の終了することが明らかな従業員、に限られます。
(なお**「被共済者になることに反対の意思を表明した従業員」は加入させることができません。** 本人が断る道はあります)
掛金の額は、従業員ごとに変えられます
ここは、私が誤解していたところです。全員加入だからといって、全員同じ額ではありません。
中退共自身が、掛金の決め方として次のような方式を示しています(中退共Q&A)。
| 方式 | 中身 |
|---|---|
| 定額方式 | 目標の退職金額から逆算して決める |
| 賃金を基準にした方式 | 賃金をグループに分け、それに応じて掛金を決める |
| 勤続年数を基準にした方式 | 勤続年数をグループに分け、掛金月額を決める |
役職や貢献に応じた差は、入口ではつけられます。
⚠️ ただし、後から下げることはできません
問題はここでした。
掛金の減額には、従業員の同意か厚生労働大臣の認定が必要です。「思ったより働かないから下げる」はできません。
そして退職金の額は、辞める理由でも変わりません。
中退共から支払われる退職金額は、退職の理由が事業主都合か自己都合かで変わることはありません。
(中退共Q&A)
懲戒解雇なら厚生労働大臣の認定で減額できますが、全額は減らせません。 そして減らした分も、会社には戻りません。
中退共の退職金は、掛金月額と納付月数で決まります。 働きぶりは、そこに入っていません。
つまり勤続年数が長いというだけで、積み上がっていきます。
それが良いか悪いかではなく、そういう設計です。 長く居ることに報いる制度なので、長く居ることにしか反応しません。
つまり問題は、何を基準に配るかでした
ここまで来て、自分が何に引っかかっていたのかが分かりました。
「等しく配るか、差をつけるか」ではありませんでした。 ボーナスも退職金も、どちらも差はつきます。
違うのは、何で差がつくかです。
| 何で差がつくか | |
|---|---|
| 退職金(中退共) | 勤続年数。長く居るほど厚くなる。その年の働きは反映されない |
| ボーナス | その年の働き。誰にいくら出すかを毎回決められる |
長く勤めてほしいなら、退職金は合理的な仕組みです。長く居るほど得になるよう、そう設計されています。
その年の働きに応じて配りたいなら、ボーナスです。退職金では、それができません。
⚠️ これは中退共の欠陥ではありません。 長く居ることに価値を置く会社にとっては、定着してほしいという意思がそのまま形になった制度です。私の考え方と合わないというだけで、合う会社のほうが多いのかもしれません。
私はボーナスの側を選びます
調べ終えて、結論は変わりませんでした。今のところ、私はボーナスの側です。
ただ、理由の中身は変わりました。
| 調べる前 | 調べたあと |
|---|---|
| 退職金は報酬の先送りだから | 先送りは事実。 ただし税・国の助成・倒産隔離のぶん、増える要素もある |
| 辞める人に払うより、今出したい | 税と社会保険料では退職金のほうが有利。 損を承知で選んでいる |
| ボーナスなら差をつけられる | 退職金も差はつく。 ただし基準が勤続年数で、あとから動かせない |
「積み立てられないから」ではありませんでした。
勤続年数で配る仕組みより、その年の働きで配るほうを選んでいる。 そういうことでした。税では損をしています。 それは分かったうえで、そうしています。
言えるようになった、というだけでも調べた意味はありました。
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この記事について
本記事は執筆時点(2026年8月)の制度内容と、筆者自身が調べた記録にもとづいて書いています。筆者の会社に従業員の退職金制度はなく、中退共にも加入していません。
税法上の取り扱い・保険料率・助成の内容は改正されることがあり、退職所得控除の計算は勤続年数や他の退職金の受取状況によって変わります。 賞与の支給基準は就業規則・賃金規程の定めに拘束される場合があります。退職金制度の新設や賞与の制度設計を検討する際は、社会保険労務士・税理士等の専門家にご相談ください。